目次
- はじめに
- 瞬時周波数
- 参考文献
はじめに
この記事では,瞬時周波数が数学的に矛盾なく定義できることを証明する.Flandrin (2008) や森勢(2018)など,多くの文献において,複素数値関数f(t)の瞬時角周波数は次のような形で定義される.
ω(t)=dtdargf(t)
ただし,偏角argf(t)の主値はtについてなめらかに変化するように選ぶ.この操作を位相アンラッピングという.この記事では,偏角を含まない瞬時角周波数の式を導出し,適切な仮定の下では位相アンラッピングが可能であることを示す.
瞬時周波数
まず,より正確に瞬時周波数を定義する.
f(t)をC1級複素数値関数とする.時刻t0においてf(t0)=0ならば,t0のある開近傍で条件f(t)=∣f(t)∣eiφ(t)を満たす,C1級実数値関数φ(t)が存在する.φ(t)の微分係数
ω(t0)=dtdt=t0φ(t)
を,関数f(t)の時刻t0における瞬時角周波数 (instantaneous angular frequency) という.また,瞬時角周波数を2πで割った値を瞬時周波数 (instantaneous frequency) という.
この定義で問題になるのは,関数φ(t)の存在と,瞬時角周波数ω(t0)のwell-definednessである.このうち,瞬時角周波数のwell-definednessはすぐ示せる.実際,関数φ1(t),φ2(t)がφ(t)の条件を満たすとき
ei(φ1(t)−φ2(t))=1,φ1(t)−φ2(t)≡0(mod2π)
であり,関数φ1(t),φ2(t)は連続なので,φ1(t)−φ2(t)は定数関数である.よって
dtdφ1(t)=dtdφ2(t)
である.
関数φ(t)の存在を示すのに複素対数関数を使うので,少しだけ複素対数関数について説明する.0でない複素数zの関数Logzを,式
Logz=ln∣z∣+iArgz
で定義する.ただし,ln∣z∣は自然対数,Argzは偏角の主値であり,条件−π<Argz≤πを満たすとする.Logzを複素対数関数 (complex logarithm) の主値という.関数Logzは領域{z∈C∣z∈/(−∞,0]}で正則であり,実数の自然対数と同じ式
eLogz=z,Log(1+z)=n=1∑∞n(−1)n+1zn(∣z∣<1)
が成り立つ.ただし,偏角の不定性が原因でLog(ez)=zが成り立つとは限らない.
複素対数関数を利用して,zとz+Δzの位相差を一次近似しよう.位相差は不定性
arg(z+Δz)−argz=Arg(zz+Δz)+2kπ(k∈Z)
があるので,∣Δz∣≪∣z∣のとき絶対値が最小である
Argzz+Δz
を一次近似すると
Logzz+Δz=Log(1+zΔz)≃zΔz,Argzz+Δz≃ImzΔz
となる.よって,zが実数tの関数であるとき
ΔtArg((z+Δz)/z)≃Im(z1ΔtΔz),Δt→0limΔtArg((z+Δz)/z)=Im(z1dtdz)
である.これは位相の変化率の極限だから,瞬時角周波数に相当するはずである.そこで,関数z=f(t)に対して
ω(t)=Im(z1dtdz),φ(t)=Arg(f(t0))+∫t0tω(τ)dτ
とおく(ただしf(t0)=0とする).このとき,次の命題が成立する.
正数δを,∣t−t0∣<δであるすべてのtについて
f(t)=0,Argf(t0)f(t)<π
が成立するように十分小さくとる.このとき,命題
∣t−t0∣<δ⟹f(t)=∣f(t)∣eiφ(t)
が成立する.
r=∣f(t)∣,x=Ref(t),y=Imf(t)とおく.∣t1−t0∣<δならば
lnf(t0)f(t1)=∫∣f(t0)∣∣f(t1)∣rdr=∫t0t1r1dtdrdt
より
∣f(t1)∣eiφ(t1)=∣f(t0)∣exp(lnf(t0)f(t1)+iφ(t1))=∣f(t0)∣exp(iArg(f(t0))+∫t0t1(r1dtdr+iω(t))dt)=f(t0)exp(∫t0t1(r1dtdr+iω(t))dt)
である.被積分関数は
r1dtdr=x2+y21dtdx2+y2=x2+y2xdtdx+x2+y2ydtdy=Re(∣z∣2zˉdtdz),r1dtdr+iω(t)=Re(z1dtdz)+iIm(z1dtdz)=z1dtdz
と変形できるので
∫t0t1(r1dtdr+iω(t))dt=∫t0t1z1dtdzdt=∫γzdz
である.ただし,γは曲線γ(s)=f((1−s)t0+st1)(0≤s≤1)である.
曲線γは関数Log(z/f(t0))が正則である領域の内部にあり,また
dzdLogf(t0)z=z1
だから,コーシーの積分定理より
∫γzdz=[Logf(t0)z]f(t0)f(t1)=Logf(t0)f(t1)
である.よって
∣f(t1)∣eiφ(t1)=f(t0)exp(Logf(t0)f(t1))=f(t1)
である.
参考文献
- Flandrin, Patrick. “Time-Frequency Energy Distributions: An Introduction”. Time-Frequency Analysis: Concepts and Methods. Hlawatsch, Franz; Auger, François, eds. Wiley-ISTE, 2008, p. 18-36.
- 森勢将雅. 日本音響学会編. 音声分析合成. コロナ社, 2018, 272p., (音響テクノロジーシリーズ, 2).
- 矢田部浩平ほか. 小特集, 位相情報を考慮した音声音響信号処理: 位相変換による複素スペクトログラムの表現. 日本音響学会誌. 2019, vol. 75, no. 3, p. 147-155. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasj/75/3/75_147/_article/-char/ja/, (参照 2023-08-30).